クロガネ・ジェネシス

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第二章 ルーセリアフォレスト

 

再開 寡黙な少女



「これは……」

 それからどれくらい時間が経ったのか。

 時間の感覚なんか完全に狂ってしまった今の俺には判断できない。しかし、今目の前に広がっている光景に俺は驚きを隠すことはできなかった。

 だだっ広い湖。長く激しい川の流れの果てにこんなものがあったとは……。

 四方を森で囲われた広大な湖だ。

 激しい川の流れから開放され、自由に泳げる状態になった俺は早速岸目指して泳ぎ始める。

 すぐに岸から這い上がる。

 水に揺られていた時間が長かったことと全身の疲労。そしてあの時受けた衝撃。

 今思えばあの衝撃はバグナダイノスの尻尾による攻撃だったのだろう。強く背中を打ちつけたからな。背中がまだじんじんしてる。

 しかも火乃木を守るときにも1発食らってる。背骨にヒビとか入ってなきゃいいんだが。

 すぐ近くにあった大木にもたれかかるように俺は座る。

 日はまだ出ていて、赤い。そろそろ夕方だ。冷やされた体に暖かい日の光が心地いい。

 水分を含んだ服が気持ち悪い。それなのに……。

「まずい……眠くなってきた」

 思えば今朝は5時くらいに起きて、それ以来一睡もしてない。大分体を酷使して歩き続けたし、その上バグナダイノスとの戦闘だ。体中疲れきっていても仕方がない。こんなところで眠っている場合ではないのに……。

 まぶたが重い。

 火乃木とネルの2人は無事なんだろうか?

 これからあの2人に再開できるだろうか?

 様々な考えが頭をよぎる中、俺の意識は次第に薄れていった。



「ん……?」

 眠い……。どれだけの間眠っていたのだろう。

 今まであったことを思い返す。同時に意識が覚醒してくる。

 状況を確認しよう。

 俺は鉄零児《くろがねれいじ》。火乃木と旅をしている旅人だ。その後紆余曲折を経て、森に入り、ネルと会って、バグナダイノスと戦闘に突入して……。

 うん。大丈夫。俺の頭はどうやら正常のようだ。

 眠気もすっかり吹っ飛び十分な体力も回復できたようだ。

 一体どれくらい寝ていたのだろう。

 日はすでに落ち、三日月が顔を覗かせている。月明かりのおかげである程度なら見えている。

 真っ暗闇よりはましだろう。

 問題は……。

「ここはどこだ?」

 バグナダイノスと戦闘をしたあと、バグナダイノスの尻尾による攻撃で川に吹っ飛ばされて、ここまで流されてきたんだ。

 どこに行けば火乃木やネルと合流できるかなんて考えて分かるようなことでもない。

 それともう1つ疑問。

 俺の服が乾いている。びっしょりと濡れていたはずの服が干した後の洗濯物のようにきれいに乾いている。

 寝ている間に乾いたとは考えにくい。大木に身を預けていたわけだから、背中や尻の部分まで乾いてるんだから自然に乾燥したとは考えられない。

 ひょっとして、誰かが俺の服を脱がせて……。

 って考えたくない。それはない、絶対ありえない! うん、そう思おう。そのほうがいい。

 だとしたらなぜ。考えて分かるようなことでもないが。

「!?」

 今何かの足音がしたような気がした。俺は森の方に視線を向け、五感を集中させてその正体を探る。

 こんなところに人がいるとは思えない。野生の動物、狼か何かだと思うが。

「あ、あれは……!」

 森の中に獣道のような細い道が1本。その道の先から淡い光の球が見える。ライト・ボールの光か? ってことは人間?

 いや、そうは言い切れない。俺は警戒を解かない。

 その光はゆっくりとこちらに近づいてくる。そして、その正体がはっきりした。

「あ……」

「お前は……」

 光の正体はシャロンだった。シャロンが右手に持った光球。それが光の正体だった。

「シャロン……?」

「目……覚めたんだ」

 ポツリとつぶやくように言う。

 銀色の髪の毛と金色の瞳は暗闇においてはとても目立ち、光輝いているのではないかと言う錯覚を起こさせる。

「ずっとねてた……すごく心配だった……」

「そ、そうか……」

 なんと答えていいのかわからない。シャロンの表情は常に無口で何を考えているのか分かりにくい。

「……ん?」

 見てみると彼女は左手でワンピースのスカート部分の裾を持ち上げてかご代わりにし、そこに何かを入れている。

「それは?」

 俺は彼女のスカートの部分を指差して言う。

「たべもの……」

 そういって、シャロンは俺のそばまで来てゆっくりとしゃがみ、自身が持ってきたものを地面に置く。

 それはいくつかの木の実だった。大小さまざまな木の実が地面に置かれる。

「俺のために?」

「……(コクン)」

 シャロンが頷く。

 確かに大分長いこと腹に何も入れてない。ただ、食えるのだろうか……?

 シャロンの思いを踏みにじりたくはないし、(理由はわからないが)俺のためにとってきてくれたと言うのも嘘ではないだろう。

 その思いは素直に嬉しい。

「大丈夫……全部、食べられる」

 俺の考えを見透かしたのか、シャロンが言う。

「そ、そうか?」

「私も食べた」

 言ってシャロンは木の実を1つ摘まんで自らの口に入れる。

 もぐもぐと口を動かし、喉に流し込む。確かに大丈夫そうだ。

 俺も1つつまんで口に入れる。

「うっ……」

 し、渋い……。選んだ木の実はシャロンと同じものだったはずなのに。それをポーカーフェイスで食べられるシャロンって一体……。

「……?」

 この娘の味覚がおかしいのか、それとも俺が選んだ奴がたまたま渋かっただけなのか。

 後者であることを願いながら、俺はシャロンの持ってきた木の実を口に入れた。



「く、口の中が……。しびれて……」

 どうにかシャロンの木の実を全部食った俺は湖の方に顔を向けながら、すっぱい顔をしていた。

 全部が全部渋くて、とても食べられたものじゃない。

 シャロンお前すげえよ……。そのポーカーフェイスっぷり……。

「れいじ?」

「なんでもない……なんでもないから……」

 俺はそう答えるしかなかった。

 木の実の数自体はそれほど多くはなく、食わないよりマシ程度しか腹は膨れていない。

 まあ文句は言えないな。わざわざ俺のために持ってきてくれたことを考えると。

「ありがとうな、シャロン。嬉しかったよ」

 それでも嬉しかったことに変わりはない。感謝するべきだろう俺は。

「……(コクン)」

 シャロンは笑みを浮かべて頷いた。

「さてっと……」

 色々とシャロンには聞きたいことがある。

 さっきの光。アレはライト・ボールであることは間違いないだろう。問題はそれが何を媒体にした魔術であるかだ。

 魔術は魔力を流し込む器がなければ発動できない。それは杖でも宝石でもなんでもいい。

 だがシャロンを見ている限りそういったものを持っているとは考えにくい。

 それと昨日会ったノーヴァスと彼女の関係、そして彼女が口から吐いたレーザーブレス。

 そして彼女がまず何者であるかだ。

 レーザーブレスを口から吐くことのできる人間なんて存在しない。自らの口内に魔術の媒体を入れるなんて、奇人変人のすることだ。

 しかし、どう見ても子供のシャロンにそれができるとは思えない。

 さて、どれから質問するか……。

「れいじ……」

「ん?」

 あれこれ考えている最中に、シャロンが口を開いた。

「これからどうするの?」

「ん〜どうするべきか……」

 正直言って考えていない。

 どういう風に歩けば森から出られるのかさえわからないんだ。

 実際どうすべきだろうか? 

 もちろんネルと火乃木のことを探したいわけだが、そのためにはどう行動するべきだろうか。

「なあ、シャロン。お前はこの森には詳しいのか?」

「……?」

 よくわからないと言った表情で俺を見るシャロン。ひょっとして詳しいって言葉の意味が分からないのか?

「え〜っと……そうだなぁ……シャロンはこの森のことよく知ってるのか?」

「……(コクン)」

 今度は俺の言ってることの意味を理解したようだ。

 めんどくさいな……。

「よし、じゃあどうすればこの森の出口まで連れて行ってほしいんだけど、できるか?」

 火乃木とネルがどこにいるかなんてわからないし、勘で行動してもなんにもならない。

 まずはここを出て、街で人命探査のマジックアイテムでもを手に入れたほうがいいだろう。

 闇雲に探すよりよっぽど効率がいいはずだ。

「わかった」

 シャロンは俺の問に即答した。どうやらシャロンの後についていけばこの森から出ることはできそうだ。

「でも……」

「ん?」

「こんなに暗いと、どこにでるか分からない……」

「それもそうか……」

 俺が眠ってからどれくらい時間が経っているのかわからないが、今でもまだ空は暗い。

 夜の森はどんなに目が慣れても何も見えない。何よりこれだけ深い森なら自分がどこにいるのかも分からなくなる可能性が高い。街中に行けば魔光灯でもついてるからそうでもないが。

「じゃあ、少し時間を潰すか。日が昇ったらよろしく頼む」

「……(コクン)」



   とは言ったものの……。

 どれくらいしたら日が昇るのかも分からない状況で黙って待つってのは正直辛いもので……。

 シャロンはずっと無言、無表情のままボーっと俺のことをさっきから見てる。それが悪いとは言わない。ただ、気まずいのだ。何より、俺は何もしないで黙って待っていられるほど気が長いほうではない。

 ようは体力を持て余していた。

 シャロンには聞きたいことがあるのだが、言葉を選ばないと会話のキャッチボールが成立しない可能性もある……ような気がする。いざ質問しようにもなんとなく聞きにくい。そんな妙な雰囲気が漂っていた。

 とはいってもこのままただ黙っているのもそれはそれで辛い。この状況を打開するには……。

 なんとかこの無表情なシャロンとコミュニケーションを取るしかないか。

「なあシャロン」

「……?」

 うううう……表情がまったく読めない。何を考えているのかわからない……! そもそもこの娘はさっきから俺のことを無言で見詰め続けていたわけで表情の変化がないから無視されているのかそうでないのかすらわからない。

 っていうか、こうして黙っているとまるで人形みたいだよな。

 大木を背にぺたんと座り込んで両手をひざの上に乗せた格好や、肌の白さ、金色の瞳と銀色の髪がそう見せているのかもしれない。地味目な黒のワンピースも彼女の特異な特徴を、月明かりによるコントラストが異様な雰囲気を作り出している。

 ところでなんでこの娘は俺のことをじっと見詰めているのだろう? 俺に興味があるからか? だとしたらきちんと話せばコミュニケーションは取れるかな?

 自分に言い聞かせ俺は質問を続けた。

「あのさ、シャロンは魔術を使った経験はあるのか?」

「……まじゅつ」

「そう魔術」

「……よく、わからない」

「そうなのか? さっきだって左手の平にライト・ボール乗せてただろ?」

「……?」

 シャロンは首をかしげる。ひょっとしてライト・ボールって言う単語を知らないのか?

「ほら、明かり」

「……あ」

 シャロンが小さく声をあげる。そして次の瞬間、今までひざの上に置いていた左手を出して、その上から丸い光球を生み出した。

 白く輝く明かり。それはライト・ボールと言う魔術となんら変わらない。だが、相変わらず彼女が魔術を発動するために何かしら媒体を使っていると言う感じはしない。

 手の平から何の呪文も唱えることなく唐突に生み出されたのだ。これは一体……。

「今、どうやってその光の球を出したんだ?」

「え? どうって……」

 シャロンは困った表情で再び首をかしげた。ひょっとしてこの娘は魔術を唱えることなく発動できるのか? それとも……」

「どうって……。よく、わからない……」

「わからない?」

「……(コクン)」

 どういうことだ?

「シャロン。ちょっと失礼するぞ」

 俺はそう言ってシャロンが生み出した光球に触れた。触れたと言っても光がある部分をすり抜けただけで実際に触っているとは言えない。しかし、これが魔力で生み出されたものなら間接的に魔力を触ることに繋がる。そう思ったんだが。

 ……おかしい。

 シャロンの生み出した光球からはまったく魔力を感じない。

 魔術じゃないのか? この光は?

「もう……いい?」

「あ、ああ」

 俺は手を引っ込めた。同時にシャロンの左手の平から光球が消え去る。

 ますますわからん。シャロンって一体。

 ノーヴァスとか言う男に聞けば何か分かるのか?

 いずれにせよ後回しにせざるを得ないな。

「なあ、シャロン」

「……(コクリ、コクリ)」

 俺はさらにシャロンに質問を続けようとしたが、シャロンは寝ぼけ眼で首を立てに振っている。

「……あ……なに?」

 どうにか目を開けて俺を見る。ひょっとして相当疲れていたのかな?

「ひょっとして……眠いのか?」

「…………」

 シャロンは目をそらして黙り込む。恥ずかしかったってことか?

「そっか、眠いのに無理させちゃったのかな?」

「……(フルフル)」

 眠そうな表情のまま、シャロンは首を横に振った。

「いいよいいよ。眠いなら寝ろよ。無理に起きてると体に良くないからな」

「……(コクン)」

 シャロンはそのまま背にしていた大木に体重を預け眠りについた。まいったなぁ。本当にお姫様みたいに見える。どう見ても、見た目は子供なのに。

 まあそんなことはどうでもいいか。そんなことより。

 シャロンの魔術についてだ。

 これは俺の勘だが。

 ひょっとしてシャロンは人間が手足を動かすように魔術を使えるのかもしれない。そうでないとあの困惑した表情の説明がつかない。あの光球を生み出したのだって彼女にとっては手を上げ下げする程度のことでしかないかもしれない。

 手を上げたときに、どうやって手を上げたと聞かれても答えようがない。シャロンにとって俺の質問はそういう意味だったのかもしれない。

 でも……これってどういうことなんだろう?



   それからどれほどの時間が経過しただろう。

 することもないので適当に体を動かすために木の枝を集めて火を起こして俺は物思いに耽《ふけ》っていた。

 火乃木……お前今どこにいるんだ?

 考えても仕方がないことなのは分かる。でもどうしても気になる。ネルと一緒に行動していたはずだから多分心配はないと思う。

 ネルは格闘における戦闘能力はバグナダイノスと戦ったときに十分わかった。少なくとも人を殺せるレベルの拳を持っていることは間違いない。

 いや、それだけじゃないな。

 ネルは魔術と格闘術の両方を上手く組み合わせてアレだけの力を発揮しているんだ。

 ストームと名のついた攻撃名。ストームと言う単語が恐らく魔術発動のキーワードになっているのだろう。

 魔術師の杖が魔術を使う上でもっともポピュラーな理由は応用が利くって言う部分が大きい。呪文さえ唱えればどんな形の魔術でもある程度操ることができる。

 だが、それ以外の場合事情がちょっと違ってくる。

 様々な魔術を操れるのはあくまで杖を使った魔術だけだ。理由は忘れたが、それ以外を媒体にして魔術を使う場合魔術発動のキーワードを設定する必要がある。

 設定したキーワードを唱えると魔術媒体は反応して魔術発動の準備が整う。さらにそこからいくつかのキーワードを唱えることで魔術が発動する。

 ネルの場合格闘に使うためのグローブにストームと言う単語を魔術発動のキーワードに設定している。そこからもう1つのキーワードを組み合わせて攻撃用の魔術にしているのだろう。

 俺には無限投影がある。だから魔術を使える必要はない。それ故《ゆえ》に知識しかないから俺にはそう言ったタイプの魔術は使えないんだがな。

 そう言えば、ネルって元傭兵だったんだっけ? なんかそんなことを言っていたような気がする。

 あいつと火乃木が一緒に行動しているなら多分大丈夫だと思う。

 問題はどうやって合流するかだ。

 これだけ深い森なら大声で叫べば火乃木の耳に届くだろうか?

 俺が流れてきた川の上流へ向かうと言う手もあるにはあるが、どれだけ流されたのかも分からないから以上無駄手間になる可能性の方が大きいかもしれない。

 まあ、一番無難なのは火乃木の名前を叫びながら森の中を歩くことかもしれない。

 あいつ鼻と耳は利くからそれが一番確実かもしれない。

 それでも合流できなかった場合はやっぱり一度ルーセリアの町に戻って人命探査のマジックアイテムを手に入れたほうがいいな。

 俺は空を見上げた。すでに日は昇ってきていてある程度明るくなってきている。だとしたら今は6時台くらいか? 

「ん……」

 そう思ったとき、シャロンがゆっくりと目を開けた。

「おはよう、シャロン」

「…………?」

 寝ぼけ眼のまま首をかしげるか……。

「おは……よう?」

 ひょっとして朝はおはようって言う挨拶をすることを知らないのか? どれだけ箱入り娘なんだか。

「朝起きたら、おはようって挨拶するんだ」

「……おはよう」

「ああ、おはよう」

 ようやくあいさつのやり取りが成立したな。

「……火?」

「ん? ……ああ」

 シャロンが焚き火に気づく。彼女が首をかしげるのはこれで何度目だろうか?

「これは、焚き火って言ってな。木の枝とかを集めて火をつけたもんだ」

「……あたたかい」

「そりゃあ火だからな。暖かいのは当然さ」

「……れ……みたい」

「え?」

 今なんて言ったんだ?

「……なんでもない」

「あ、そ、そう?」

 まあ、別にいいけど。

 今ならシャロンに質問できるかもしれない。何を聞くべきかな?

 少し思案して、俺はシャロンにあの質問をぶつけてみることにした。

「なあ、シャロン」

「……なに?」

「昨日、俺がノーヴァスとか言う男に銃を向けられただろ?」

「………………! ……うん」

 どうやら銃が何なのか考えていたのかな?

「あの時銃の先端を溶かしたのってやっぱりお前が口から吐いたあの光なのか?」

 俺は覚えている。ノーヴァスが引き金を引こうとした瞬間に放たれた輝きを。

「……忘れて」

「え?」

「……忘れて」

 どうやらあまり聞かれたくない話題のようだな。

「……忘れて」

 3度目の同じ台詞。無言の圧力でシャロンを俺を見つめる。

「わぁかった分かった。もう聞かないよ」

「……(コクン)」

「だけど……」

「……?」

「あの時助けてくれたのは、お前なんだよな?」

「………………(コクリ)」

 少しためらいがちにシャロンは頷く。

 そうか。なら、お礼を言わなければなるまい。

 シャロンはあの時俺のことを助けてくれた。そして俺が目を覚ましたときもわざわざ俺のために木の実を拾ってきてくれた。全部渋くて食えたもんじゃなかったが。

 それでもシャロンは俺のために何かしら行動してくれていた。きちんとお礼を言わなければバチが当たると言うものだろう。

「ありがとうな。シャロン」

「……!?」

 シャロンが目を見開いた。俺の口からお礼の言葉が出てくると思わなかったせいだろう。俺口悪いしな。

「昨日は助けてくれて、そして目を覚ました俺に木の実を持ってきてくれたことも。……そのどっちも、俺は感謝してるよ」

 そう言った瞬間、シャロンは今まで見せたことのない反応をした。

「……あ……え、っと……」

 言葉に詰まってる。今まで一言二言でしかしゃべらなかったシャロン。何を言えばいいのか分からなくて困っているのか?

「……こんなとき…………なんて言えば……いいの?」

「いいんだ。無理に何かを話さなくても」

 俺はシャロンの頭に手を乗せて頭を撫でた。

「……!?」

「俺が勝手に言っただけなんだからさ」

「………………」

 見開かれた目のままシャロンは俺をじっと見つめる。

「……あ」

 少し間をおいてシャロンの瞳から涙が溢れ出てきた。

「シャ、シャロン?」

「今まで……」

 シャロンが必死に言葉を繋ごうとしている。俺はそれを一言も聞き逃すまいと耳を傾ける。

「わ、わたし……いやなのに……いやなのに……おじさまは……」

「うん……」

「使えないって……言われた人とか……鬼ごっことか……」

 俺と初めて出会ったときに聞いた『鬼ごっこ』と言う単語。ひょっとして……。

「わたしが……鬼だからって……逃げる人……コロセって……」

 ……鬼ごっこってのはシャロンが鬼で、誰かを殺す。その誰かは恐らくノーヴァスの部下だった者達なんだ。

 シャロンの声が徐々に嗚咽に変わっていく。

「血の……ニオイが、して……きもち、ワルくて……」

 少なくともシャロンのレーザーブレスなら人を殺すことは十分に可能だ。

「でも……だれも……やさしくしてくれなくて……どれだけ、コロシても……どれだけ、ハイテも……」

 ハイテ……吐いて、だと……?

「が、がんばれば……きっとほ、ほめてくれるって思って、がんばっだ、のに……だれもやさしくしてくれなくて……う、うう……」

「そう、か……」

 俺は泣きじゃくり始めたシャロンをそっと抱きしめる。

 俺にはシャロンの過去はよく分からない。だけど、筆舌に尽くしがたい苦しみを味わったことだけは分かる。シャロンの目を見れば。シャロンの表情が、どれほど辛い過去だったのかを雄弁に物語っている。

「苦しかったよな……。辛かったよな……」

「……う……う、う、うう」

「もう、大丈夫だ。もう、誰も殺さなくていい」

「……え?」

「俺が、お前を自由にしてやる!! もう、お前に誰も殺させない!!」

「うう……!」

 シャロンの涙が俺のシャツを濡らした。

 決めた……。俺は決めたぞ!

 シャロンを必ず、ノーヴァスの呪縛から解き放ってやる!

 あの男を許さない。シャロンを苦しめたあの男を許さない!

 シャロンが何者だって構わない! シャロンが人間であろうとなかろうと、そんなこと関係ない!

 俺はシャロンを自由にしてみせる! 必ず!!

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